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七帝柔道に関する方針

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画像管理者の方針

●七大柔道(七帝柔道)の道場として:
できるだけ大きなことを言えば、
私としては、七大全体の技術レベルがあがるよう、
現役もOBも年代も学校も関係なく交流できるよう、
現役を応援するすそ野も広がるよう、
現役や高校生まで、すそ野の広がりを感じられるよう、
未経験者も気軽に経験できるよう・・・
その一助となればと思っております。

「ふるさと」であり、
心のより所なので衰退してもらっては困るのです・・・

①方針(七大柔道の道場って?どうするの?):
ホントは、まず七大柔道の日を週に2日くらい固定したいけど
ご要望も反響もまったくないんです。

なので、しょうがなく、今みたいな感じで、
フリーにしといて、貸したり、
たまに来る人の練習に付き合ったりしてるんです。

1人でも定期的にこれる人がいたら
私と合わせて最低2人は確保。
固定練習日つくりますけど、どうですか?

未経験者に私が「七大柔道精神」を注入しててもいいけど、
私じゃ、こころもとないでしょ。
強い方、若手の方、元気な方、しょっちゅう来られる方、
常に募集してます。

「キャプテン」、「部長」、「道場主」、
「宴会係」、「技術顧問」、「広報担当」・・・
あらゆるポストを空けております。
ちなみに管理人(ワタシ)のポストは、
「掃除・設備・料理係」。

もちろん未経験者も歓迎。

お申し込み・お問い合わせ

※正直な話で補足:
「柔道」じゃ、寝技の乱取りしてくれんし、
無理にやると嫌われるし、「柔術」じゃ、なんか違うし、
大学には行くのは難しいし、
だから、自分で、やってるっつう面はある。
ホントは人にやってもらって時々行ければ楽なんだけど・・・
誰かココやってくれん?

※変人の意見で補足:
日本で戦後、高専柔道が消滅して、武徳会も解散させられたのは
占領政策による日本弱体化の一環(少なくともその一部)と言っていいかと。
結局、日本では講道館柔道だけになって
居場所のなくなった武徳会出身者(や高専柔道経験者)が
むしろフランスなど海外で伝統を残してきた
という面はあるでしょう。

だから、日本で高専柔道(七大にしか残ってないですが)を続けるのは、
ある意味占領政策に対するレジスタンスと言えるのではないかと・・・

あんまり言うと、さらに変人扱いされるので
ほどほおどにしておきますが。

※格闘技の技術として補足:
やっぱり、立技で倒す、最後まで(寝て)仕留めきる、
守りきる・・・
ひととおりの要素が入ってるし、
制限が少ない割にはルール上安全だし、
道着着用なので確実な技術が身につく。
武術的にも優れてるし、
総合格闘技や護身技術のベースにもいいと思いますけど。

※結局んとこ:
「ブラジリアン(柔術)」や「(講道館)柔道」だけでなく
こういう「柔道」も、道場もあるよ!って
発信するために続けてるようなもの。
七大柔道が盛り上がるように陰ながら応援できればと。
ただし、今んとこ、たまに練習会開催して宴会するのが関の山。
逆に言うと、道着ナシでも見学と宴会だけ、
来てくれるだけでもOK。
主催してくれる奇特な方は、常に募集してます。

画像②方針(柔術にはしないの?):
もういっそのこと「柔術道場」にしたら?と言われますが、
それは本末転倒なんです。
だって、「(ブラジリアン)柔術」の道場がいっぱいあるのに、
七大柔道、高専柔道の道場がない。
「ふつうの柔道」しかない。
だからウチがやってるんです。

もう意地なんです。

そもそも個人的には、「ブラジリアン」の
ルールにまったく興味がない
(技術はとりいれるけど、
ルールは極力「覚えないように」している。
細かいこと気にしだすと
七大ルールで弱体化しそうな気がするから)

ホント「柔道」の名前じゃ、金貰えんし、誰もやりたがらんから困る。
嘉納治五郎が悪い?!

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<補足:思うこと>
あこう堂は、
ご希望の多い方、参加者の多い方に流れていくかも。
よろしく。

っていうか、あんまり人が来ないと、
「いったい、何やってるんだか」っつう気分になりますわな。

イヤほんと、どうしたらエエんかな~、
柔術(ブラジリアン)は、
(技術は面白いけど)
ルールが嫌いって公言しちゃったしな~

最新の正直な話(2013.3.8ブログ)
最新の練習会(2013.3.21ブログ)

画像ウチの高専柔道(七大学ルール)について(2016.7.2ブログ)

画像あこう堂の高専柔道・七帝柔道練習会について(2017.2.9記載)

<格闘技的観点から・・・>
 嘉納治五郎先生が明治時代に古流柔術を統合、発展させ確立した「柔道」ですが、人間教育やスポーツ・体育としての面は別にして、根底の武術性、武道性、護身性については完全に失われてしまいました。戦後は、武徳会、高専柔道が消滅し、講道館柔道のみになったため、高専柔道で花開いた寝技技術の発展も停滞しました。その後、国際化、オリンピックJUDOの発展とともにさらに形骸化は進み、近年ではルール変更によって、多くの技が失われ、嘉納先生の講道館柔道さえ衰退する事態となりました。

 高専柔道の寝業には批判的な面もあった嘉納先生ですが、その寝業軽視には弊害も知られています。またレスリング技術などを取り入れ、当身技(空手)や合気道技術の導入も検討されていた嘉納先生にとっても現在の「JUDO」は目指していたものではないはずです。

 旧来の高専柔道は、その競技特性上、寝業という最終決着技術に特化したものとされてきましたが、このような現況を振り返れば、それだけでなく、柔道本来の投げの技術まで含めて全て残し、使うことができる武術、すなわち「古流柔道」として新たな役割・意義も与えられたように思います。

 「高専柔道」は、現在の日本では七大学ルールとして一部の学生の試合に採用されているに過ぎません。そのため、一般の方には接する機会が少ないですが、決して過去の遺物ではなく、むしろその精神性・技術は、現代にこそ意義深いものです。このような場・機会を通じて柔道界の現状に一石を投じられれば意味のあることだと思います。微力ではありますが、学生時代の経験者だけでなく、興味のある方にも研究・経験の場を提供することになり、現在、細々と継続している技術の継続・普及・発展にもつながれば幸いです。

 参加者の皆様のおかげでこのような練習会が開催できることを感謝し、一緒に研究していきたいと考えます。よろしくお願いいたします!!